日本経済新聞 夕刊 H12.06.08 ニュース複眼より


公益学を21世紀の学問に

〜 一般市民の参加がカギ 〜


 横浜市のTさんは68歳。五月中旬、タイ北部の高校に日本語教師として赴任した。近くにある日本企業への生徒の就職が有利になるよう、日本語を教える無報酬のボランティア活動だ。

 Iさんは機械メーカーの役員をしていた。57歳で辞表を出し、以後、途上国でのボランティア活動を続けている。
「会社の仕事に比ペ、今の活動の方がずっと充実感がある」と言う彼の行動を、経済指標で示してみよう。 会社の役員時代の収入は国内総生産(GDP)に加算される。だが、今回の活動は、充実感が得られても、無報酬だから、GDPには加算されず、統計には反映 しない。



 この5月13日、東京・ 三田の慶応義塾大学で、日本公益学会の創立大会が開かれた。私利私欲のためではなく、Iさんのように世のため人のために行動する 「公益活動」を体系的にとらえたり、その必要性を理論的に裏付けたりする新しい学問を築くのが狙いだ。

 創立大会には、人文科学、社会科学、自然科学の学者や、非政府組織(NGO)の活動家ら65人が参加 した。とりあえず11月に第1回大会を開く。

 発起人代表の慶大経済学部教授・小松 隆二氏は言う。「公益とは自分本位ではなく、相手の立場に立った社会的利益のこと。これまで様々な分野で研究されてきたものを、1つに体系化するのが公益学です」

 学会では、第一段階で社会福祉、公衆衛生、ボランティア、公益法人、非営利組織(NPO)・NGO、 公害、環境保護、経営倫理、平和など各論ごとに公益の問題を整理する。第二段階で、分野別の成果を集め、総合的にくくる公益原理を探る。

  「私益」に替わり、「公益」の視点から社会の全体像を見直すことは、今後、ますます重要になる、と小松氏は見る。

  「何か社会のために役立ちたいと思っている」 -- 総理府の社会基本調査によると、そう答える人がじわじわと増えている。1983年に43%だったものが、87年に半数を超え、 98年には62%へといった具合だ。

 国民の意識の変化に加え、企業の中にもボランテ ィア部や社会貢献部、環境部など公益部門が誕生。行き過ぎた規制を緩和して、小さな政府を目指す中で、 NPOやNGOの役割も大 きくなっている。
 
 現代社会で公益分野は着実に広がり、公益学誕生の社会的な背景は、確かに整いつつある。ただ、公益学は、これまで外国にもなかった学問だけに、この実験がどこまで実績を上げられるかは、未知数だ。



 当面は「公益」の名を借 りて、官僚の天下り先になったり、税を逃れたりしている法人の存在意義を問い直すなど、一般の市民にアピールするような成果を出す。公益という名が付く以上、一般市民も参加できるような開かれた学会を目指す。その上で、海外の研究者とも広く手を結び、地球規模の学問に発展させるこ とも課題となる。

 公益学が文字通り、世のため人のためになる学問と して、21世紀に定着することを期待したい。


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