最上川舟下りと庄内
<松山・酒田篇>
【1日目】 新庄駅 ― 最上川舟下り
― 清河八郎記念館 ― 風車村
― 阿部記念館 ― 総光寺 ―
眺海の森
― 十二滝・玉簾の滝 ― 鳥海温泉「遊楽里」泊
|
| 少し朝は早いが、東京発6時32分つばさ111号(平成13年5月号時刻表)に乗車すると、目的地新庄駅には9時58分に到着する。陸羽西線に乗り換え、古口駅までローカル線で車窓から見る景色を楽しむか、タクシーを利用して舟下り乗船所の戸沢藩船番所まで行くかは計画次第である。 |
|
|||
| 最上川舟下りは、大自然の中を流れる母なる川=最上川を舟で下る約1時間の船旅である。自然杉が美しい大森林の間を縫う川の流れに身を任せ・奇岩や落差のある滝の景観を観賞しながら舟は静かに下って行く。山形地方の方言で案内をする船頭さんの、素朴さの中にも張りのある説明と、美声で唄う「最上川舟唄」や「真室川音頭」の情緒ある長閑な演出に心がなごむ。そして 日本人に生まれて良かったと何故か懐かしさを感じるから不思議である。予約をすれば名物の「ドブロク」に「鮎の塩焼」と郷土色豊かな「お弁当」・「鍋料理」が用意される。冬季には名物「納豆汁」で身体を温め雪景色を堪能したい。夏の納涼船は夜の大自然をライトアップで未知の世界へ招き入れ、神秘な世界へ案内してくれる。 【最上川の四季を見る→春・夏・秋・冬】 |
|
|||
| 清河八郎記念館は、明治維新に風雲を巻き起こした主役の一人=清河八郎ゆかりの資料を展示した記念館である。北辰一刀流免許・清河塾を開くなど文武兼備の英士で隠れフアンが多い。記念館の隣りには清河八郎を祭った清河八郎神社がある。 |
|
|||
| 風車村には、強風地帯の立川町が、全国に先駆けて採用をした風力発電に関する資料館がある。小高い山の上に、町のシンボルとして風力発電装置3基を設置し、観光施設の「風車村」を開設した。風力で起こした電気で走るバッテリーカーに乗ったり、世界の風力発電や火力発電・珍しい波力発電などのことが勉強出来る。立川町は「環境の町」として取組んでおり、資料館には省エネルギーに関する資料が展示されている。 |
|
|||
| 阿部記念館は、青年のバイブルと言われる「三太郎の日記」を書いた哲学者=阿部次郎の生家を「阿部記念館」として公開した。各分野で活躍をした阿部兄弟ゆかりの資料が展示されている。 |
|
|||
| 総光寺には、文久3年に建立された豪壮で格式のある山門がある。山門までの道には、珍しいきのこ杉が並び、微笑ましい光景で暖かく迎えてくれる。庭園は自然の林泉美を採り入れ、四季折々の美しさが楽しめる。「音の庭園」と言われ、滝から流れ落ちる水の音が心地よく聞こえてくる。耳を傾けて爽やかな音色を楽しみながら観賞をする庭園である。 |
|
|||
| 眺海の森の小高い山頂から一望出来る「日本海と庄内平野」の景観は素晴らしい。また
目前に雄姿を見せる「鳥海山(2236m)」の迫力には、思わず歓声を上げてしまう。
冬はスキー・春と秋はハイキング・夏はキャンプ場として賑わう森の保養地である。 |
|
|||
| 十二滝には大小12の滝があり、滝見台から全ての滝を見ることが出来る。一番下の大滝は水量が豊富なので、豪快に水飛沫を上げて清涼感を漂わす。新緑や紅葉とのコントラスが素晴らしく、家族連れや若者で賑わう憩いのゾーンである。
玉簾の滝は、鳥海山の麓にある水量豊富な豪快そのものの大滝である。観光ポイントとしての整備が遅れ、隠れた名所になっていたが、「映画=花のお江戸の釣りバカ日誌」のロケ地になり脚光を浴びた。「玉簾(たますだれ)の滝」をバックにした着物姿の女優=黒木瞳と飛沫を上げて落ちる滝の豪快さが良く調和して、美しい画面を作り出している。「玉簾の滝」は、美人が良く似合う滝である。 |
|
|||
| 鳥海温泉 遊楽里(ゆらり)は、前方に日本海と庄内浜の砂丘と松林があり、後方には「鳥海山」が聳える温泉ホテルである。翌日の酒田コースの足場にするには適した温泉である。 |
|
|||
| 旧青山本邸は、貧しい漁村に生まれた青山留吉が24才の時に北海道に渡り、ニシンの漁場を開き巨万の富を築いた。故郷に錦を飾り、当時は茅葺や石置杉皮葺の屋根が連なっていた漁村に、瓦葺の大屋根の豪勢な寄棟造りの母屋を建築した。庭は「枯山水回遊式庭園」の神庭(神の宿る巨岩が庭を構成)で、当時からの巨岩信仰を伺うことが出来る。 |
|
|||
| 浄福寺唐門は、入母屋唐破風造り瓦葺の唐門で、桃山時代に流行した建築様式である。浄福寺唐門は、柱の下部が曲がっている特徴があり、四脚向唐門と呼ばれている。酒田は寺院が多い町なので見落としそうになるが、立ち寄って鑑賞をすることを勧めたい。 |
|
|||
| 旧鐙屋は、商港=酒田を代表する回船問屋の屋敷。石置杉皮葺屋根の典型的な町屋造りである。内部は江戸時代の商家の生活様式が再現されていて興味深い。鐙屋は、酒田三十六人衆の筆頭格として町年寄役を勤め、日本海の海運事業に大きな役割を果たした。 |
|
|||
| 本間家旧本邸は、明和5年(1768年)庄内藩主=酒田家のために幕府の巡見使宿舎として建造され、武家屋敷造りと商家造りが一体となった珍しい屋敷である。本間家三代当主=本間光丘の豪快さの中にも決して奢らない一面を垣間みることが出来る。部屋割が合理的に配置され、尊敬を集めた本間光丘の非凡さが伺える。 |
|
|||
| 山居倉庫と運河は、運河と米穀倉庫の背景に、雄大な名峰「鳥海山」が見える日本国内でも代表的な景観である。「山居倉庫」は、庄内米を保管する倉庫群で、酒田を代表する建造物である。千石船(北前船150トン)に米を積み、酒田港から江戸や大阪へ輸送した当時の面影が偲ばれる。古い木造の倉庫群と運河の調和した光景が美しい。倉庫群の一部に米の歴史や農民の暮らしに関する資料を展示した「庄内米歴史資料館」がある。
倉庫群の裏手には、欅の大木が静寂の中に佇んでいる。情緒ある酒田の風物詩の中でゆっくりと散策をする人が多い。山居倉庫は、NHK朝のテレビ=「おしん」の働いた舞台として、人気の高いゾーンである。 |
|
|||
| 最上川スワンパーク(季節観光)には、毎年10月になると約1万羽の冬の使者=「白鳥」が訪れ、日本一の白鳥飛来地になっている。また 白鳥を上回る色々な種類の「鴨」の大群が最上川の川面を埋めつくし、その数の多さに圧倒される。防寒具を身に付けて餌付けを楽しむ風景は、白鳥と人とがふれあう自然を大切にする酒田の風物詩である。 |
|
|||
| 土門拳記念館は、リアリズム写真を確立した写真界の巨匠=土門拳の作品を展示した写真博物館である。報道写真の鬼と言われた土門拳の作品には迫力があり、また「古寺巡礼シリーズ」などの多くの作品は、日本の美・日本の心を写し出した傑作として賞賛を浴びている。土門拳の作品の中でも「雪の羽黒山五重塔」は、傑作中の傑作として心を打つ作品である。 |
|
|||
| 初孫蔵探訪館は、庄内の名酒「初孫」を生産する、山形県最大の酒造メーカーが公開した酒造資料館である。芳醇で豊かなコクと後味のスッキリした「きもと造り」のメーカーは少なくなったが、当社は伝統を重んじ貴重な酒造りに励んでいる。蔵探訪資料館は、日本酒造りの歴史や工程を分かり易く紹介しているほか、きき酒コーナーでは、絞りたての原酒の試飲や大吟醸などの飲み比べが出来るので、楽しみなゾーンである。 |
|
|||
| 相馬楼は、江戸時代の酒田を代表する料亭「相馬屋」を改装し、「相馬樓」として新しく開業した酒田の新名所である。酒田の名士が「天皇ごっこ」をして派手に遊び、不敬罪で逮捕された「相馬屋事件」の舞台になった料亭として有名である。現在は「舞娘茶屋・雛蔵画廊」として、明治の古き良き時代の情緒が漂う酒田の新名所として人気を浴びている。酒田舞娘の情緒たっぷりの踊りを見ながら食事を戴き、商港=酒田の華やかな当時を偲ぶことが出来る。 |
|
|||
| 日和山公園は、小高い酒田港を見下ろす灯台のある公園。「文学の散歩道」があって、日和山から景観を眺めた名士の碑が数多くある。松尾芭蕉・松岡子規・竹下夢二・齋藤茂吉・野口雨情・河村瑞賢・吉田松陰・若山牧水・田山花袋・与謝野蕪村・本間光丘などである。桜の名所として知られ、酒田市民の憩いの場所でもある。 |
|
|||
| 本間美術館は、文化10年(1813年)本間家四代光道が建てた別荘を美術館として開放した。四季折々の表情が美しい庭園=鶴舞園(かいぶんえん)を散策することが出来る。屋敷から庭を見渡す一枚ガラスが大きいのに驚く。 |
|
|||
| 「酒田駅」または「庄内空港」 |